「大丈夫です」と言ってしまうとき

「最近どう?」と聞かれる。
本当は、ぜんぜん大丈夫ではない。眠れていないし、ずっと張りつめている。
それなのに、口から出てくるのは「大丈夫です」。
言ったあとで、少しだけ胸が沈む。でも、もう次の話題に移っている。
それは嘘ではありません
嘘をついているのではありません。もっと速いのです。
考えるより先に出ている。反射に近い。
だから「今度こそ本当のことを言おう」と決めても、うまくいかない。決意は言葉のスピードに追いつけません。
体は、昔ちゃんと計算をしました
小さいころ、こんなことはありませんでしたか。
助けを求めても、届かなかった。求めた瞬間、相手が困った顔をした。忙しい親の前で、手のかからない子でいるのが、いちばん安全だった。
そこで体はひとつ学びます。「必要を出すと、関係が危なくなる」。
これは弱さではありません。当時の環境では、いちばん賢い答えでした。問題は、その答えが今も自動で走り続けていることです。
与える側にいるほうが、まだ楽
人の必要にはすぐ気づく。誰が疲れているか、場の空気がどう動いたか、驚くほど正確に分かる。
なのに、自分の必要だけが見えない。
与えているあいだは、関係の中に自分の居場所があります。受け取る側に回ったとたん、足元がぐらつく。だから、つい先に動いてしまう。
海外で暮らしている方は、ここに文化が重なります。「迷惑をかけない」を大切に育った体で、"Just ask for help!" と言われる場所に立っている。どちらの声も自分の中にあって、どちらにも申し訳ない気持ちになる。
練習は、頭ではなく体でします
私が用いるAEDPという心理療法では、「大丈夫です」と言う直前の半秒に戻ります。
そこで、体が何をしているかを一緒に見ます。喉が締まる。肩が上がる。笑顔のほうが先に出る。
急がずに、そこにいます。すると、たいてい最初に出てくるのは怖さです。その下に、悲しみ。さらにその下に、ずっと誰にも言えなかった願いがあります。
「本当は、気づいてほしかった」。
そこまで届くと、何かがゆるみます。頭で納得したからではなく、言えた体験を体がしたからです。
この部分は、ひとりではできません。そのルールは関係の中で書かれたので、関係の中でしかゆるまないからです。
「大丈夫です」を禁止しなくていい
目標は、いつでも本音を言える人になることではありません。そんな人はいません。
必要な場面で「大丈夫です」と言えるのは、むしろ力です。
変わるのは、選べるかどうか。反射で出ているのか、選んで言っているのか。その違いだけで、日々の疲れ方が変わります。
まずは、言わなくていい相手がひとりいる。その経験を、体にさせてあげてください。
― 花川ゆう子, Ph.D.(臨床心理士・AEDPインスティテュート シニアファカルティ)
ご相談について
ニューヨーク州公認の臨床心理士として、オンラインで日本語・英語のセラピーを行っています。与えすぎてしまう方、長女として育った方、二つの文化のあいだで生きている方と多く関わってきました。(日本語でのカウンセリングについてはこちら)
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